心臓病の名医とは
患者さん本位、話をよく聴いてくれる、診立てが良い、しっかり治療してくれる、いつでも受け入れてくれる、心が通じる、気があうタイプが合う、やさしい、といった医師ですね。
とくに内科系について言えば冠動脈をカテーテルでしっかり治してくれる、カテーテル検査が上手い、外科系で言えば手術が上手い、手術の成績が良い、などなどがとりあえず思い浮かぶことでしょう。
医者の世界ではそうした患者さん目線の選び方だけでなく、心臓病や薬のメカニズムの解明に功績があったひとを心臓病の名医と言うこともあります。また新たな治療法や薬の開発も重視される傾向が見られます。
大学や学会ではアカデミックな会の性質上、どうしてもこう した研究領域で功績があったひとを名医あつかいする傾向がありますし理解できることです。ただし現代の研究はネズミや細胞などを用いた分子生物学が主であり、研究の実力は臨床の実力とはあまり関係がないのが残念です。実際こうした研究は基礎医学も理学部も薬学部も大して変わらないという傾向があり、臨床とは別世界であるという指摘は当たらずとも遠からずなのが現状です。
医学も医療も細分化され、専門家が進んだ現在、患者さんのニーズと必ずしも合致しない名医が存在する傾向はある程度止むを得ないのかも知れません。どれほど優秀な医師でも一人の人間がすべてを網羅するのは至難の技になっています。それで名医にもさまざまなタイプがある、と言えましょう。
すると患者さんから見た心臓病の名医とは、前者つまり研究ではない、純然たる臨床の名人ということになります。しかしその臨床の名人でさえ、さらに細分化されているのが現状です。
たとえばカテーテル治療の先生はどうしても冠動脈などの血管に情熱が注がれるあまり、他の領域たとえば心不全の管理や弁膜症の治療には後ろ向きになるケースがあります。医師の世界ではそうした優れたスペシャリストを「luminologist」つまり「土管屋さん」と呼んで尊敬とともに視野狭窄を指摘することがあります。同様に不整脈の専門家を「電気屋さん」と揶揄する向きもあります。外科医などは「butcher」つまり「肉屋さん」などと冷やかされる始末ですが言い得て妙という意見もあります。
しかしそれらの超スペシャリストのお蔭で難しい狭心症や不整脈や弁膜症・心不全その他が治るわけで、批判するのは酷かも知れません。それほど細臨床医学は分化・高度化が進んでいるわけで、要はチーム全体で広い視野を確保することが重要ではないかと思います。
患者さんにおかれましてはそうした医師の現状を知って戴き、必要ならセカンドオピニオンを他の医師や病院でもらい、そこで得た知識をもとにご自分でもネットなどで勉強されるのも一法かと思います。
外科つまり手術の観点からは、内科の先生とくに専門医の中には多忙のあまり外科の最近の状況を必ずしもご存じない方もあることを踏まえて、内科のみならず外科の両方の意見を聞かれることを勧めます。すでに欧米では冠動脈の治療で内科と外科の両方の意見を聴かないと治療法の決定ができない規則を実行しているところもあるほどです。
私の経験でも他病院の内科と外科で心不全のため手術は危険と判断され、ただ死ぬのを待 つよりは生きるチャンスにかけようと私の外来へ来られ、十分な検討の結果、実績と照らし合わせて「これは治せる」という判断のもと手術を受けて元気に回復された患者さんは少なくありません。それは誰かが間違っていたとか、誰かが手を抜いたとかではなく、その患者さんの病気の治療経験をたまたま私たちが豊富に持っていただけなのです。
そういう私も自分で判断がしづらい病気や状態の時に内科や他病院の先生方の御意見を頂いたり、超難度のケースでは海外の先生の御意見を戴くことさえあります。要は総合力、友人も含めたチーム力の結集と思っています。つまり心臓病の名医とは心臓病の名チームと言っても過言ではないのでしょう。また熱い建設的議論を楽しく交わせる先生を名医と呼びたくも思います。
患者さんや開業医の先生方あるいは循環器内科の先生方におかれましては、こうした心臓病の現況をもとに、方針が決めづらいケースをどしどしご質問ご照会頂ければ幸いです。



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