お便り13
患者さんは 60代後半の女性です。昔僧帽弁の手術を受けられ、近年になって連合弁膜症と心不全が再び悪化し、手術も断られ、何か月も入院し闘病の末、腎不全・肝不全まで合併し、生きる最後のチャンスをということで主治医の先生からご相談を受けました。神奈川県の患者さんのため、大和成和病院へ転院して頂きましたが、すでに強心剤が外せないショック状態で、肝臓も危険な状態になりつつあるところでした。
ご家族やチームで何度も相談し、心胸郭比95%という巨大心でしたが、これしかないという事で手術に踏み切りました。僧帽弁置換術と三尖弁形成術その他を行いました。状態が悪くしかも再手術ということもありさまざまな工夫を凝らしました。
術後も皆で汗(熱い汗も冷や汗も)を流しましたが、お元気になられ退院されました。それから一年近くたち、年賀状でお元気な状態を伝えて頂きました。短い文章ですが、ともに悩み、決意し、頑張って生還してくれた患者さんや全力のご協力を下さったご家族の姿が目に浮かび、熱くなります。
「医療安全」が叫ばれる今日、こうしたハイリスクの患者さんの治療を断る病院が増え、大変です。断らないことをモットーにする私たちでさえ、チーム全員とよく相談の上で慎重に方針を決める必要があります。しかし日本の医療の良さはこうした患者さんの治療にも全力で取り組んできた、患者を自分の肉親と思って接するスタンスにもあったのではないかと思い、そうした哲学を守るためにどういう仕組みを創れば良いかを考える昨今です。
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賀正
お陰様で新年を迎える事が出来ました
ご多忙の日々をお過ごしの事と存じます
どうか先生のお力で、生きる事に困難な毎日を過ごしている人々に生きる喜びを与え、助けてやって下さい
寒さ厳しき折からご自愛下さいませ
一月吉日
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上記の年賀状の掲載許可をお願いしたところ、快諾のみならず、次の体験記を書いてくださいました。
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私の体験記を読むことで病で苦しんでいらっしゃる方、悩んでいらっしゃる方、また落ち込んでいらっしゃる方々に勇気と元気と希望を持ってもらえれば、役に立つ事であればと思い、ペンを走らせました。
私は46歳と66歳の2回、心不全の病いで弁の心臓手術を受けました。
46歳の術後、子育てと仕事の両立に悩んだり、落ち込む暇もなく、母親としての責任と義務を果たすため、懸命な毎日でしたが、無理が影響したせいで、入退院を繰り返す日々が続き、ついに余命幾ばくと宣告される体になってしまいました。
幸いにして主治医の先生を通して心臓血管外科医の米田先生とお会い出来まして、米田先生の心温まる激励と周囲の方々のやさしい後押しで、命をかけた手術にのぞみました。
46歳の時の手術に比較すれば、年齢的・体力的に大手術で大変な状態である事は十分解っていました。正直悩み、精神的にも落ち込みましたが、私があれこれ考えても何のプラスにもならないと思い、不安を明るさに変えるのが自分に出来る責務だと切り替え、ベッドで横になっていてもつとめて明るく振舞うようにしました。
お陰様で手術も成功しました。2か所の弁膜症も1か所は弁形成で、あとの一か所に人工弁が入ったとの事でした。
麻酔から覚めた時、「ああ、私は生きているのだあ」と涙がこぼれ落ち、命の尊さを痛感しました。米田先生をはじめ、私の命を助けて下さった諸先生方、そして息子に心から感謝しています。本当にありがとうございました。
米田先生、病で戦っていらっしゃる方々に生きる力を与えてやって下さい。お願いします。手術から1年3か月経ちますが、あの時の感動を忘れる事なく、これからも懸命に生きて行こうと思っています。
病いと戦っている皆さま、つらくても一つしかない命です。命の尊さを大切にして、治るという希望をもって頑張ってくださる事を心から祈っています。
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